◆硫黄山は硫黄採掘量全道一になったことも 硫黄山で、かつて大規模な硫黄の採鉱が行われていたことを知っていますか。アイヌの人たちが焚き付けとして使用していたものを、明治5年頃に釧路の漁場持、佐野孫右エ門が採鉱に乗りだしたことが発端とされています。 当初馬や釧路川を利用して釧路まで硫黄を運搬していましたが、明治19年には約1万400トンを採鉱し、全道一の硫黄鉱山になるほどの埋蔵量を誇っていました。明治20年には硫黄山から標茶町までの38kmの間に北海道で2番目に早く鉄道を引き、近代的な精練所を整えるなど、大量に輸送することができるようになりました。大量採鉱、大量輸送によって硫黄資源はたちまち枯渇してしまい、明治29年に採鉱を休止、華々しく登場した鉄道も幻のように消えてしまいました。 現在、当時をしのぶものは硫黄山レストハウス裏の青葉トンネル(鉄道敷跡)と呼ばれる遊歩道くらいしかなくなってしまいましたが、弟子屈町の発展に大きな功績を残した山でもあります。
投稿者: mainichi
投稿日時:2009-09-25 19:22:58.0
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翌朝も早くから起きて、搾乳と子牛の世話をしてもらいました。都会育ちの女子高生の皆さんには、すべてが初めての体験でしたが、汚いとか臭いとか言わず真剣に作業に取り組む 姿には感心させられました。初めての無免許運転がトラクターだったのも、いい思い出が作れたのではないでしょうか、今回は18時間の滞在でしたが、もし機会があればもう少しゆっくりしていってほしいものです。搾乳のミルカーを上手に取り付けていた皆さんなので
投稿者: kushii
投稿日時:2008-07-18 19:14:27.0
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摩周湖の南にある西別岳の麓の牧場で、牧草の収穫が始まりました。牛たちの冬の食料を確保する大切な作業を近所の農家が協力して行いました。内地から体験学習で訪れていた三人の女子高生の皆さんは、真剣に搾乳作業に取り組んでいました。ビデオタグの「酪農」をクリックすれば、丸く梱包したりラップする様子を見ることが出来ます、もしよかったらお試しください。パソコンの設定をあれこれ触っているうちに、なんだか動画が取り込めたが、これ一つ入れたらまただめになった。
投稿者: kushii
投稿日時:2008-07-18 15:17:37.0
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今年初めての山登り、入山届けを書いていざ出発、歩き始めて林を抜けたところにいつも咲いているタチツボスミレはなく、変わりにハクサンチドリがあった、期待したエゾヤマザクラは数輪残すだけでもう葉桜になっていた。6月になって開花の時期に雨にあたらなかったためか、エゾムラサキツツジの花びらは傷んでなかった、今年もリスケ山分基点のオダマキが美しく咲き誇っていた。残念なのはユキワリコザクラに会えなかったこと季節は思ったよりもっと進んでいた。
投稿者: kushii
投稿日時:2008-06-14 01:22:09.0
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